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別れ

私はアダルトチルドレンです。

原因は父親。父親を憎み軽蔑し嫌悪して育ちました。

その父親も去年の4月にがんで死にましたが。

もう一緒に暮らしていませんでしたが、その死は私に深い安堵感と開放感を与えました。

そんな折でした。5年来スカイプしていた友人から好きだと告白されたのは。私はその頃幸せの極致にあり、友人との信頼関係もばっちり。二つ返事で交際を始めたのです。彼は名古屋、私は本州でしたが、彼はよく家に泊まりに来ました。ですがまだ清い関係です。

なぜなら、私は己のセクシャリティーを否定して今まで生きてきました。自分が女であることを憎んでいました。それが第一点。二つ目は父親が私に残していった置き土産です。男嫌いと子供嫌悪。

男が嫌いなのは父親のセクハラが原因です。このことで私はオスというものを深く憎むようになり、今まで男に近づいたことはありません。子供はそんな雄との営みから生まれたものです。はっきり言って気味が悪い。おまけに無力な存在です。それは、自分の子供のころが想起され、無力だった子供時代の象徴です。

彼は私に様々なアクションをしてきますが、私にとってそれは苦痛な事でした。キスひとつとっても深くしたことはありません。出来ないのです。嫌悪感が先に立ち、唇を合わせるのがやっと。それでも努力はしたのです。でも、時間がたつにつれて嫌悪感は増していきました。

子供のころのトラウマケアを途中でサボった付けです。私はカウンセリング中でした。カウンセラーから2冊の本を教わりました。おのれの女性性を肯定し、愛しむための教科書です。買ったはいいけれど、なんか嫌で読み始めることができませんでした。それほどまでに、私は女性であることを憎んでいるのです。

性同一障害とは違います。私は男にも生まれたくない。無性のただの人として生活したいのです。男性とも女性とも付き合う事なく、ただの人と付き合いたい。父親が死んだ解放感で判断を誤りました。完全に自分を見失っていたのです。間がさしたともいえるでしょう。

とにかく、付き合い始めたのは間違いでした。父親の死んだ多幸感が薄れるにつれて現実が重くのしかかってきたのです。次に会うのは2月の予定でしたが、もう来なくていいといいました。正直、口づけされるかと思うとぞっとする私がいます。こんな状態では会えません。

一方的に別れを切り出しました。そしてスカイプを切りました。
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