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友好とは何でも受け入れることではない

なんでもかんでも受け入れることが友好ではありません。
韓国観光公社、日本の修学旅行団誘致事業に拍車
http://hogehogesokuhou.ldblog.jp/archives/51951915.html
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韓国観光公社(社長イ・チャム)は、今年で40年目の日本修学旅行団誘致事業に拍車を加えるために、
8月初めに日本の全国20の地方自治体の教職者96人を招請、韓国の教育旅行魅力を紹介する。
100人に肉迫する招請者の規模は教育旅行誘致事業史上最大だ。

今回の教職者招請の他に公社は教育旅行ガイドブックおよびDVD製作、日本現地修学旅行説明
会の開催、韓国修学旅行感想文・写真コンクール事業なども拡大展開するという方針だ。

訪韓日本修学旅行団は今年にも前年対比15%増加の25,477人が拡大訪韓するものと予想されて
いて、これを通じて内需拡大にも寄与すると期待される。
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「本来
国益が目的、手段が友好であるはずが
友好が目的、手段が国益となってしまっている」

これは安倍元総理、そして麻生元総理の発言です。

上記、
韓国による修学旅行団誘致事業は
韓国にとってはどちらで
はたまた
日本にとっては、どちらになるのでしょうか?




以下、
上記記事内にも出てくる韓国修学旅行感想文の受賞作品の内容の
一部です。

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従軍慰安婦の問題については、
修学旅行に行く前から何度も事前学習しておりとても関心がありました。
修学旅行先では、韓国挺身隊問題対策協議会の人から話を聞きました。
従軍慰安婦とは、戦地で強制的に兵士の相手をさせられた女性の事です。
その多くが朝鮮人女性、騙したり、暴力的に連行されました。
一九一八年七月からのシベリア出兵の時、皇軍兵士は現地のロシア人女性を強姦し、多くの兵士が性病になったため戦力が著しく低下しました。
そこで兵士の不満解消のため、性病防止のためなどといった理由で慰安婦が誕生したのです

http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/content/cms_view_584662.jsp

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戦争が終わり、何十年も経っています。
しかし今でも、韓国との間に、
戦争中に日本のしてきたことが多くの問題となって残されています
(写真館に行った感想→)この写真はカナダの宣教師、スコピュド氏によって撮影されたものです。彼は、日本人の残虐非道な行いを世界中に知らしめ、今では「韓国独立運動の義士」としてあがめられています。

http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/content/cms_view_584665.jsp

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こちらで受賞作品が閲覧できます。
http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_3_13_6.jsp



韓国は儲かり、
韓国の国史を日本人の子供に植え付けられる。
日本はお金を出し、
日本人の子供に韓国の国史(日本でいう自虐史観)を更に植えつける。

「本来
国益が目的、手段が友好であるはずが
友好が目的、手段が国益となってしまっている」

韓国にとっては上記であり
日本にとっては下記であると日記主は思います。





日記主は、
他国を「一方的」に知ることが交流だとは思いません。
互いに互いを知ることが交流だと思います。

以下、麻生太郎氏の発言です。
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

「歴史認識というのは,なかなか一致しないものも少なくありません。
アメリカの独立戦争は,イギリスの教科書では『植民地の反乱』と書いてあります。
南北戦争にしても,北部の教科書には『市民の戦争』と書いてあるけれど,南部の教科書には『北部の侵略』と書いてあるということで,
同じ国の中でも,そんなに簡単に一致しないのですから,
ましてや隣国同士完全に一致するはずがない。
しかし,しなくていいのです。
大事なのは『中国人は,こう思っている』
『日本人は,こう思っている』と理解することです。
お互いに触れないようにしようと思わず,『これが俺たちの考え方』と伝えていく。それをしないうえ,どちらも不勉強だから話がこじれてくるのです。」Voice2007年2月 p54

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


国際交流の場において、
互いを知るためには、まずは自国を知る事が必要です。
「自国を知る」
この際に与えられるものが「他国仕様」であれば
やはり互いを知ることは不可能です。
ただの一方的が生じるでしょう。

ただの一方的な先に生まれるのは果たして友好なのか?

譲歩し同調しなければ生まれない友好なら
そんなもの、友好とは呼べないと日記主は思います

日記主には韓国人の友人がいます。
日本に来て日本人を見て、
あれ?何か印象と違うと韓国での教育に疑問を抱いた女性です。

この際に「私(日本)は~だ」があれば、
ああそうなんだと納得する瞬間が韓国人にもある事を私は知りました。

「(日本)は~だ」がなく、
ただの同調だけの一方的な交流から生まれたシンカンでは
ああそうなんだと納得する瞬間は生まれません。


以下の事例は、自国を知り、毅然と「(日本)は~だ」とした事で生まれました。
ただの一方的ではない場合、こうした事例だって生まれるのです。

http://www24.atwiki.jp/free_nippon/pages/35.html
より

平成15年5月31日、
東大での講演会で麻生太郎が語ったエピソードにこのようなものがある。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\「中国や韓国と外交をするうえで、歴史問題をどうすればいいと思うか?」
という質問を受けた麻生氏は、
「歴史認識を一緒にしようといっても 、隣の国と一緒になるわけがない。
たとえば朝鮮人の創氏改名の話。
日本が満州国をやる前に創氏改名の話が出たことは一回もない。
しかし、当時、朝鮮の人たちが日本のパスポートをもらうと名前のところにキンとかアンとか書いてあり「朝鮮人だな」と言われた。
仕事がしにくかった。だから、名字をくれ、といったのがそもそもの始まりだ」 と答えた。

これを韓国で言ったところ灰皿が飛んできたという。
そのときに
「若い者じゃ話にならない、年寄りを呼んでこい」と言ったら、
韓国のおじいさんが現れて、
「あなたのおっしゃる通りです」と言ってくれた。

その後、講演会の続きで麻生氏が、
「ハングル文字は日本人が教えた。うちは平仮名を開発したが、
おたくらにそういう言葉はないのか、と言ってハングル文字が出てきた」
と言ったらもっとすごい騒ぎになった。
だが、
その時もそのおじいさんが、
「よく勉強しておられる。あなたのおっしゃる通りです」
と言って、その場は収まった。

つまり 韓国でも、
当時を知る老人は正しい歴史的事実を知っているのである。
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


結果、
「日本人の子供に
国史を与えず、
韓国の国史(日本でいう自虐史観)を
更に植えつける」行為は国益とはなりません。

日記主は断固として反対です。

一方的な歴史の植え付けは
譲歩、同調するばかりの誤った韓国への意識を芽生えさせ、
それとは逆に
メディアによる韓国ごり押しと
韓国優先の日本の国政は韓国嫌いを加速させています。

譲歩、同調ばかりの日本人の姿勢に、
大喜びをするのは誰でしょうか?

韓国という言葉に脊髄反射。
国益になれば国は続くという事を忘れ
ただただあざけり笑うその姿は、
傍から見ればあざけり笑う対象そっくりになってはいないでしょうか?
そんな日本人を見て、大喜びするのは誰でしょうか?


日本の国政が
自国優先に
自国の国益を考え
自国民を守るものであるかないか

狂えば色々狂ってきます。

狂っている場合、正すことが可能です。
そのためには、まず、そんな現状を認識することだと思います。


追記
本日記コメント欄、もしかしたら
韓国へ罵声を浴びせる人がいらっしゃるかもしれません。

ただひとつ言っておきます。

日 本 は 、断 る こ と が で き ま す 。
日 本 は 、思 う 壺 に な ら な い よ う 策 を 講 じ る こ と が 可 能 で す。

韓国の「一方的」を
何でもかんでも受け入れ、
「思う壺」になっているのは日本です。

韓国が日本に
どんな対応をしようが
「僕は~だと思う」と主張しようが、

日本は韓国のそれに対し
「国益になるよう」対応し、
「私は~だと思う」と主張すればいいだけの話です。

私たちが向けるべき視線の先は
それができていない「日本」にだと日記主は思います。

おまえの母ちゃんでべそを叫べど
根源見据えず何もせずでは
ただただむなしいだけ。

本エントリー、
ケンカン にさせる事を目的としたものではありませんし
ケンカンコメント炸裂の場を用意することを目的としたものではありませんのでご理解いただきたく思います。
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