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未成熟な自我

私の父親は酒乱で暴力セクハラの絶えない人物だった。

私は10歳の時からあいつとは口もきかなくなった。

あったのは憎しみと侮蔑と恐怖。

この3つの感情だけで生きてきた。

思春期も青年期もこの3つの感情しかなかった。

この3つの感情は世の中の男性すべてに向けられた。

私は仕事以外男と話したことはなかった。それすらも嫌だった。

男はすべて敵だった。

思春期、人は無邪気に恋なんかを覚えるが私にはそんな精神的余裕はなかった。

繰り返される家庭内暴力。人前で平静な仮面をかぶっているので必死だった。

青年期、人は自己の確立を成し遂げる。

私が成し遂げたのは男は全部敵!敵!敵!

それ以外心の中には何もなかった。

自己統一性を欠いた心だけがのこった。

自己を確立できなかった私は本に逃げた。

己の心の暗闇を埋めるために寝る間も惜しんで読書をした。

でも、本を読んでも、心の暗闇は埋まってくれない。

かえって闇は深まっていくようだった。

その頃の私は人と一切かかわらなかった。

人に自分からかかわるようになったのは看護師になってからである。

看護学校ではこんな私でも友人ができた。

だがどう接していいかわからない。友人なんて持ったことがなかったから。

私は私を認めていなかったが、彼女たちは私を容認してくれた。

免罪符を渡されたような思いだった。

それほどまでに、私の自己否定は強かったのだ。

とても内向的でいつも相手の反応にびくついて、

それが嫌で接触を自分から絶とうとする。

だが彼女たちはそんな私に居場所を作ってくれた。

さすがは看護師の卵といえるのかもしれない忍耐強さと友情で。

私の心は10歳の時に眠りについた。

だが、このころから少しずつ覚醒の準備を始めていたのかもしれない。

それまで悪夢だけだった夢にここちいいものが混じるようになった。

そうして去年のあいつの死。

それは私を一気に覚醒へと導いた。

悪夢はもうない。喜びと幸せが私を包んだ。

それまで眠っていた心は覚醒の喜びに打ち震えた。

でもそこから私の心は成長を始めなくてはならなかった。

経験し損ねた思春期と青年期をやり直さねばならないのだ。

それまでに培ってきた自分と本当のおのれの心には大きなギャップがある。

私は二重に生きている。未熟な自我を抱えたまま。

それは時に表出して己を困惑させる。

まだ思春期の少女にすぎない本当の自我。

それは周囲を困惑させ、時に未熟さから相手を傷つける。

そして、同時に己をも傷つけるのだ。

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